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不毛・・・   
最近、JICAのドミから借りたヘミングウェイの『海流の中の島々』を
読んでいるんですが・・・、

土漠の国の首都でヘミングウェイってなんか、いろんな意味で
考えさせられますね。

本の中で海の描写を楽しんだあと、一歩外に出ると、茶色い・・・。

いや、僕、ヨルダンはそれはそれで好きですよ。

白、というか茶色い建物の景色も好きですが・・・。

たまぁ~~~に、ごくたまぁ~~に、

「あぁ、タヒチあたりで1ヶ月ぼーとしたい・・・」

と思ってしまう。

まぁ、タヒチ行ったことないんですけど・・・。

あ、アカバに行けばいいのか・・・。

海

紅海きれいだったなぁ・・・。



さて、適度に現実逃避をしたところで、お仕事ですね。

さてさて日本語弁論大会が迫ってきました。

シリアなんかは交流基金も入って大々的にやっておられるようですが、
ヨルダンはあいかわらず、かなりの部分をJICAの日本語教師が
やっております。

といっても今回はH先生が大部分をやってくださってるので、
僕はかなり楽をさせてもらっているんですが・・・。

会場の予約や、スケジュールなんかはこちらが馬車馬のように
準備すればいいんですが、肝心のスピーチ原稿がですね・・・。

( 」゚Д゚)」早くだしてーーーー

という感じです。

まぁ、予想はしてたんですけどね・・・。

まだ1ヶ月以上あるんですが、

原稿の訂正

発音チェック

最終リハーサル

などを考えるとですね、

そろそろ第1原稿くらい出してくれないと怖いんですが・・・。


・・・・・・・。



( 」゚Д゚)」早くだしてーーーー

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スプリング ハズ カム   
アンマンは、昨日、一昨日あたりからぐんと暖かくなってきました。

自分の寮から、大学のオフィスまでプチオリーブ畑を通って
いくんですが、その途中で、

春!!

花を発見!!


いや~~春ですね~~。

ちなみに春と言えば、「春眠暁を覚えず」なんて
言葉もありますが、

春眠

本当に覚えないみたいです。

ちなみに僕ではないので、あしからず。

じゃあ誰なの?とか、そんな野暮なことは聞かないでください。


それではここ最近あったことをダイジェストでご覧ください。

○マルカ会

アンマンの東のほうにマルカというところがあります。

そこで活動しているボランティアの人たちは料理上手が多く、
ことあるごとに声をかけていただいています。

先週も声をかけていただき、その日のメインディッシュはなんと、

おでん
おでん

やっぱ、寒いときは、おでんですよね・・・。

ちなみに僕はローソンのおでんのだしまき卵が大好きなんですが、
ここヨルダンはマルカのおでんにも入ってました、だしまき卵。

おいしかったです(涙)

○ペトラ

ヨルダン最大の観光地、そうペトラです。

「インディージョーンズ 最後の聖戦」の舞台となった
ことでも有名な遺跡です。

とりあえず人数増やしていったほうが安い!ということで、
総勢10人ほどで行ってきました。

小型バスに10人乗っての大移動。

1人がギターを持ってきていて、さながらジプシーの
移動のようにギターの音が聞こえてくる旅行でした。

どんな感じかというと・・・、

珍道中

こんな感じです。

肝心のペトラですが、1言で言うと、

すげぇ~~

です。

写真でご覧になった方もたくさんいらっしゃるとは思うんですが、
これは実物をみたほうが絶対にいいです。

巨大な遺跡のテーマパークみたいになっていて、こんな感じで
遺跡で遊べます。

集合写真??

ただ登るのは禁止だそうで、やってたら怒られました(汗)

見所はたくさんありますが、ただ広すぎて
日帰り旅行には向きません。

このときも、途中で断念して引き返しました。

もちろん、エル・ハズネは見ましたよ!!

○ハマンマートマイン
ヨルダンにある温泉地です。

先々週の金曜に行ってきました。

公衆浴場のようになっているんですが、温泉の滝は
以外と気持ちがよく、久しぶりに温泉に入れて気分も
リフレッシュ!!

ただ、写真は自主規制させていただきます。

というか撮ってません。



明日の金曜は久しぶりに日中予定がないので、スークでも
行こうかと思ってます。

明日は初日   
たまにはまじめな文章を書こうと思います。

明日はJAAJのレベル1の第1回目の授業です。

1回目ということで学生はどんな先生が来るのかどきどきでしょうが、
教える側もどっこい、どんな学生が来るのかどきどきしています

ゼロ初級を教えるのは大変だと聞くこともあるんですが、
僕は、今のところ、むしろゼロ初級のほうが楽しいです。

日本語に触れる機会が少ないここヨルダンでは、初めて日本語を
勉強するレベル1の学習者はかなり日本語ハングリー状態です。

見る物全てが新しい!という感じで、こちらの話を真剣に聞いて
います。

他のレベルが真剣に聞いてないというわけでは決してないですが、
授業に慣れている分、やはりハングリーさが違うというか・・・。

話は全然変わりますが、僕は会話のクラスも担当させてもらっており、
前の学期の会話クラスは閑散たるものでした。

ただ、今期の会話クラスは何故か参加者が多く、満員御礼状態です。

参加者レベルはかなりバラッバラッになっていますが・・・。

毎回来る人、思いついたように来る人、さまざまですが、
これはこれでカルチャーセンターっぽくて気楽で楽しいです。

ただ、今企画している「日本語を話そう会」と趣旨が被っている
ので、方向転換すべきか考え中です。

さて、レベル1ですが、今回は参加希望者が多く、結局2クラス
開講することになり、1クラスを私、もう1クラスを
中東のキャシャーンことT先生が担当します。

そのキャシャーンことT先生が、なんとレベル1のCan‐doリストを
作ってくださいました。

そう、国際交流基金が今、非常に力を注いでいるあのCan-doです!!

今更CEFRの後追い作ってどうすんだろうと思っていた
あのJFスタンダードです。

*もうこれで私の交流基金への道は絶たれました。

前々から個人的に興味があったので、T先生が作ってくださったもの
をありがたくお借りして使わせてもらうことにしました。

ただCan‐doを使った授業というのは経験がないので、

とりあえず、論文検索・・・・。
*交流基金のみんなのCan-doって実際の使い方がわかりづらいような
 気がする んですが、そこらへんどうなんでしょう。

 あぁ、ますます遠のいたな、交流基金への道・・・。

ドイツのケルンで行われたケルンCan-doの実践報告論文を見ること
ができたので、それを参考に以下の要領で使うことにしました。

1.新しい課に入るさいに、その課の到達目標をCan-doで提示する。
2.1.とは別に各授業での到達目標をCan-doで提示する。
3.授業の最後にその授業のCan-doを渡し、自己評価してもらう。
4.Can-doを回収し、翌週返す。
  *ファイリングしてもらうのが望ましい。

とりあえず学習者にとってCan-doはポートフォリオの一環である
という位置づけでいきます。

シラバスの見直しやらは、とりあえずペーペーには手に余るので
後回し。できれば学期末にアンケートしたいですが・・・。

実はポートフォリオに関してはいまいち肯定的ではないので、
こちらとしては効果は半信半疑なのですが、やらずに文句を言う
のはよくないので、とりあえず一度やってみます。

最後に同期SV、Y氏の名言を1つ。

「若いうちは、失敗してなんぼやんか」

お前は、はなから失敗する気なのか、という感じですね、はい。

エジプト その2   
遂にムバラク大統領が辞任しましたね。

今後のエジプトの政権がどのようになるのか、
中東に住んでいる身としては、多少気になるところでは
あります。

なんといってもエジプトは地域大国ですから・・・。

ニュースでも言われているように、イスラエルとの関係
など、今後の中東を左右する問題がまだ残っているわけです。

エジプトの「革命」を機に周囲の中東諸国でも同じような動き
が加速することだってあります。

とはいえ、エジプト国民の力で国を変えたということはやっぱり
すごいことですよね。

いや~、素晴らしい。

ただ、

旅行に行って巻き込まれるほうは結構たまらない

というのもまた事実なわけで・・・。

エジプトの感動に水を差すわけではないんですが、
任国外旅行に行って、偶然巻き込まれた一協力隊員の視点で
エジプト「革命」前夜をご紹介したいと思います。


Previously on "Quatsh!Quatsch!"
―前回までの「Quatsch!Quatsch!」―

*「24」のジャック・バウアーの声を想像しつつ
 お楽しみください。


ピラミッド

束の間の休暇を利用して、僕とJICA隊員3名はエジプトは訪れていた。

ピラミッドやナイルの夜景を楽しみつつ日ごろの疲れを癒すJICA隊員達。

完走パーティー

ルクソールでのマラソンを終え、ホテルの完走記念パーティーが
盛り上がるなか、JICAエジプト隊員に一本の電話が入る。

「カイロの騒動を受け、エジプト全土に夜間外出禁止令が発令
されたので、自宅待機してください。」

パーティー会場のホテルから出て宿泊先に帰るべきか、
このまま会場のホテルで朝まで待つべきか。

揺れるJICA隊員達。

果たして無事にホテルに辿りつくことができるのか。

そして翌日以後の旅行はどうなるのか・・・。

JICA隊員の最も長い5日間が今、始まろうとしている・・・。

事件はリアルタイムで・・・・起こってはいない。


前置きの24ごっこでかなり長くなってしまったので、さらっと行きたい
と思います。

「Previously on ---」がやりたかっただけなので・・・。

これ以後は、同期隊員、Nさんが撮った写真をお借りして
お送りします。

Nさん、写真ありがとうございました。

とりあえず、ルクソール市内では夜間外出禁止令が出たあとも
タクシーなどは通常通り走っているようなので、JICAオフィスとも
相談の上、タクシーでホテルまで帰りました。

明けて翌日、予定していた気球ツアーは案の定キャンセル。

外出禁止令が朝8時までで、気球ツアーが朝5時からですからね。

さすがに気球飛んでたら、まずいですよね・・・。

そんなわけで禁止令が解除されるのを待って、カイロを避けて
南はアスワンへ移動。

車窓から

ヨルダンではまず見られない景色を眺めながら電車で移動していると、
ヨルダン事務所の方から電話がかかってきました。

トゥルットゥルッ、ピールー(CTU内線音)
僕:「どうしたジャック?」

もとい、

僕:「はい、もしもし」

JICAヨルダン事務所:「エジプトは危険なので、大至急エジプトから
           ヨルダンに退去してください」

チーーーン。

まぁ、安全第一なので仕方ないです。

というわけで、アスワンに到着。
アスワン

すぐさま空港へ

空港に到着してカウンターでチケットを買おうとすると、

職員:「ここでチケットは売ってないし、チケット持ってない
    なら空港に入らないでくれ」

空港カウンターでチケット売らないってどういうこと!!

どうして?ホワイッ??レーッシュ??

粘ったら空港警備員に逮捕されそうだったので、とりあえず
タクシーで駅へ移動。

通りの角を駅に向って曲がった瞬間、駅前を囲む群衆と装甲車が
目に飛び込んできました。

嫌な予感・・・。

案の定、装甲車が何か撃った(投げた?)瞬間、逃げ惑う群集。

「窓閉めろーー」

「引き返してーー」

怒号飛び交うタクシー車内。

引き返して、タクシーをおり、とりあえずホテルで
一泊して翌日エジプトエアーのオフィスへ行くことに。

逃走
前日のデモの傷跡が残る街を歩きながら、ホテルへ
向って歩いていると、あれ、なんだかほこりっぽい。

あれ、なんか鼻痛いなぁ~と思っていると
涙が出てきました。

周りを見てみると、現地の人達が服やマスクで口鼻を覆っています。

いやぁ、あれですよ。

催涙弾って本当に泣けるんですねーー。

いやぁ、まいったまいった。

そんなわけで煙を避けつつホテルまで移動。

途中すれ違ったエジプト人のおっちゃんに、

「ホテルついたら、コーラで顔洗えよ!

と、催涙弾対策の民間療法を教わりながら
なんとかホテル到着。

同じく旅行でエジプトに来ていた同期のヨルダン隊員2名と合流し、
その日はホテル泊。

明けて翌日。
外出禁止令が解けるのを待って、エジプトエアのオフィスへ。

闘争

同じようにカイロへのチケットを求める旅行客に交じって
カウンターに詰め寄るものの、前々日よりエジプト全土で
ネットが切られているようで、「カウンターではチケットが
発見できない」の一点張り。

「空港のカウンターで買ってくれ」というので、
「昨日追い返されたんですけどっ!!」と抗議。

「今日は買えるから・・・」と言う職員。

3回ぐらい確認して、電話をかけてもらって、
一筆書いてもらって納得。

ただ、最後に職員が
「ネット使えないから、現金しか使えません」

大丈夫、大丈夫、最近の旅行者は大量の現金持ち歩いてるからって

アホーーーッ!!

両替商を探すものの、前日、前々日の騒動のせいか軒並み閉店。

幸いATMはまだ稼動していたので、恐る恐るヨルダンで
使っているBankAudiのカードを入れてみると、
なんとお金を出すことができました。

ありがとう、BankAudi。

普段、「支店が少なくて使いにくい」とか文句言ってごめんよ。

ちなみにこの翌日あたりからATMも機能しなくなったため、
実はこれが最後のチャンスだったようです。

ある意味ラッキー。

お金を出したらそのまま空港へ直行。

空港のエジプトエアのオフィスに詰め寄り、直談判するものの
「そもそもカイロから飛行機が来ないからスタンバイチケットは
売れない」と言われ、とりあえず空港待機。

空港にて

日本から旅行できていた男性も交じって和気あいあいとロビーで待機
していると、JICAエジプトオフィスからご連絡。

「空路がだめならどんな手段でもいいのでカイロまで来てください」

というわけで、空路を諦めて鉄道のチケットを買いに駅へ。

その途中でエジプト隊員の方たちがルクソールからバス移動する
という情報を入手。

それなら鉄道でカイロまで行くよりも、そのバスに合流させて
もらうほうが安全だろうということで、アスワンールクソール間
をタクシー移動することに。

駅のツアリストポリスにお願いしてタクシーを呼んでもらい、
4時間近くかけてルクソールへ。

タクシー移動
まぁ、タクシーというか、ツアリストポリスの知り合い・・・ですよね。

ルクソールに到着後はルクソールのJICA隊員さんのお家に
泊めていただきました。

ルクソール隊員さんは、国外退去が決定したこともあり、
家を引き払う準備に大忙し。

マラソンのためにルクソールに来ていた他のエジプト隊員さんは
自分の任地に帰ることもできず、自分の荷物を置いたまま日本に
帰るということでした。

翌日は朝からバスでハルガダへ。

長距離移動に備えて、朝からヨルダン隊員はおにぎり作りのお手伝い。
ピクニック!?

小型のバス2台でハルガダへ向い、そこで1泊。
次の日にまたバスでカイロへ向うという日程です。

バス移動
小型バス。

外国人ばかりだと目立つということで、女性はヒジャブ着用。
防空壕

なんだろう、ヒジャブっていうか、

防災ずきんのような・・・

バスで5時間かけてハルガダへ。

ハルガダではホテル泊。

本当だったら、翌日、2月1日にカイロ入りして、カイロで1泊して、
当初の予定通り2月2日にヨルダンに帰れる予定だったんですが、
2月1日にエジプト全土で大規模デモが起こるということで、
2月1日の移動は不可能となりました。

と、いうわけでその日は1日待機ということに。

ハルガダといえば、紅海に面する一大リゾート地。

カイロやルクソールの騒動が嘘のようにいたって穏やか。

ヨーロッパやロシアの旅行客は、カイロの騒動などまるで
知らないかのように街を歩いています。

昼間は外出禁止令が出ていないということもあり、
気分転換もかねて、エジプト隊員の方と一緒に散歩。

ハルガダ

カフェのビーチから紅海をぼーっと眺めていると、ここは本当に
エジプトなのかと思えてきます。

そして迎えた2月2日。

予定通りバスでカイロへ。

ただ1つ予定外だったのは、前日食べたシュワルマが悪かったのか、
激しい下痢を煩ってしまったことでした。。。。

下痢+長距離バス移動。

最悪の組み合わせです。

とりあえず下痢止めを飲んでレッツゴー・・・。

しかし、その下痢止めがよかったのか、ピタッととまりました。

おかげでカイロまで無事到着。

カイロ市内に入ると、突然怪しげなエジプト人がバスを止めて、
中に入ってきました。

カイロでは囚人が脱獄し、カージャックが起きているという話だった
ので一瞬緊張したものの、入ってきた人の第一声が、

「Are you JICA?」

空港まで送るためにわざわざ待っていてくれた
JICAオフィスの人でした。

ここでエジプト隊員の方々とは別れ、街中に戦車がずらっと並ぶなか
カイロ空港へ。

戦車の写真もあるんですが・・・、なんか出していいのかわからない
のでとりあえず載せません。

というわけで現地の新聞の写真をご覧ください。

わかりやすいように比較対象としてまず僕が取ったピラミッド。

ピラミッド

で、こちらが騒動後の新聞写真。

ピラミッドと装甲車

ピラミッドの前に移っている装甲車が見えるでしょうか。

ただエジプト人はたくましい。

こんな騒動の中でも・・・、

戦車と花嫁

結婚式はするっ!!

すごいっていうか・・・、花嫁嬉しいのかな?

まぁ、こんな感じのカイロ市内を抜けて空港へ。

カイロ空港のチケットカウンターも人が殺到していて、その中を
かいくぐってなんとか、チケットゲット。

ただ、予定のフライトは何故か満員だったので、その次の便に
回されました。

しかも、予定よりも2時間遅い便。

というわけでまたしても空港待機!!
待機2

チケットを取れた便も30分くらい遅れて出発したものの、
なんとか無事アンマンに到着。

深夜12時過ぎに到着したんですが、学生の一人、Aさんが
わざわざ空港まで迎えにきてくれてました。

到着ゲートから出てきてAさんを見たら「帰ってきたぁ~~」
と実感しました。 

おかしな話ですが家に帰ってきたような安心感でした。

Aさん、ありがとうございます!

実はヨルダン帰国翌日の3日にはテストの予定があり、しかも
5日の土曜にはJAAJの修了式があったので、どうしても
2日には帰りたかったんです。

なんせ、今回はヨルダンに来て初めての修了式だったので。

ヨルダンで初めて教えたクラスの修了証書も渡せないなんて
流石に寂しすぎます。

おまけに僕のクラスの学生と一緒に修了式で歌を歌うことになって
いたので、それには参加したかったんです。

なので、予定通り帰ってこれてほんっとーーーーによかったです。

合唱
修了式での歌。

集合写真JAAJ
集合写真。

平和って、素晴らしい!!
エジプト   
エジプト大変そうですね。

大統領派と革命派の市民同志の衝突なんて情報も出てきてますが、
どうなるんでしょうか。

さて、そんなエジプトに2日前まで旅行で滞在しておりました

さらっと爆弾発言ですが、事態が悪化してから行ったというよりは、
時系列的には、旅行に行ったら巻き込まれたというほうが正しいです。

まぁ、チュニジアの件があって以来、エジプトでも焼身自殺未遂や、
デモが頻発していることは承知していたのですが、まさかこういう
事態になるとは露にも思わず・・・。

と、いうわけで、エジプト旅行のご報告を、前半は暢気な旅行風、
後半は若干の24臭を漂わせながら書きたいと思います。

ただ、エジプトの事態を考えると後半は軽はずみなことは書けない
ので硬い感じになるかとは思いますので、ご了承ください。


では!

1月25日の午前、カイロ空港に到着。
カイロ空港

そのまま市内のタフリール広場へ。

交通の便を考え、タフリール広場の目の前の安宿に宿泊。

このホテル選びがあとから裏目に出まくるんですが、それはまた
あとで。

宿を取ったあとは、翌日のルクソール移動のために夜行列車の
チケットを買いに駅へ。

寝台列車のチケットを確保し、昼ごはん。

エジプトのファーストフードといえばこれでしょう!

コシャリ
コシャリ!!

美味いです。これ以後4日連続でコシャリました。

夕方までブラブラしつつナイル川へ。

ナイル
夕日のナイル川

・・・・、これってナイル川?

という程度の印象しか受けず・・・。

うーーーん、感性が死んでいるんでしょうか。

夕食を食べてホテルに帰ろうとすると、なにやら通りが騒々しい。

アディダスショップの前で様子を見ていると、人が大量に走って
逃げてきます。

デモでした。

しかし、このときはまだ統制が取れておりデモ周辺を迂回すれば
問題なくカイロ市内を歩くことができました。

ただ、危ないことにはかわりないので、ホテルへ帰ることにした
のはいいんですが、大規模なデモが行われている場所が、
まさにホテルのあるタフリール広場だったわけで・・・。

いろいろ道をかいくぐりなんとかホテル到着。

深夜までデモの声を聞きながら就寝。

翌日、若干落ち着きを取り戻したカイロ市内を観光。

まぁ、目的はもちろんあれですよ。

ピラミッド
ピラミッド!!

ピラミッドって本当に普通の市街地の中にあるんですね~。

ちなみにこの写真の構図を覚えておいていただけると、
あとあと出てくる写真のインパクトが若干増します。

といわけで、いざピラミッドへ!!

ピラミッド周辺は砂漠状態を維持した国立公園のようになっており
その中をブラブラしながら3大ピラミッドを回れるようになってます。

当然のごとく皆、バシャバシャ写真を撮るわけですが、普通に撮っても
面白くないので、やっぱりちょっと遊んでみました。

おそらく100人いたら90人ぐらいは、

ピラミッドをつまんだり、

ピラミッドを手に乗せたり

するんでしょうが、ここは日本語教師として授業に使える写真を
獲らねばいかんと思い、いろいろ考えた結果、

Aさんは、

ピラミッドを・・・
ピラミッドを

食べます
食べます。

いかがでしょうか。

100人中1人とまでいかずとも、100人中60人ぐらい
の発想ではないかと思うのですが・・・。

あと、「吸います」の写真もあるんですが、「吸っている顔が
卑猥だ」
というNGが入ったので載せません。

その日は何事もなく一日が過ぎ、夕方にまたコシャリを食べ、

コシャリ屋の屋外のテーブルからカイロ市内を眺め、
夕日のカイロ市内

そのまま夜行列車に飛び乗り、ルクソールへ!!

翌朝ルクソールに到着。

その日は翌日に控えたマラソンの受付をすませ、観光し、夕食を食べ
終了。

タジン
夕食 タジン

これがエジプトで一番美味かったです。

20LE(500円弱)でこのボリューム!!

素晴らしい!!

で、翌日はマラソンです!

わざわざエジプトまで行ってマラソンて・・・。

しょうがない! 日程に入っていたんだもの!!

もちろんフルなんて不可能なので、12キロに参加。

ルクソールの遺跡周辺を回る観光マラソンです。

というわけで朝4時におきてスタート地点へ。

マラソンスタート
マラソンスタート地点。

写真の気球は観光用の気球ツアーの気球です。

今回ヨルダンからこのマラソンに参加したのはこの3人
足があがらん

はい、私、足あがってませんね・・・。

というか、人生で5キロ以上走った記憶がないです。

ただマラソンは待ってはくれず、朝7時、スタート。

ひこにゃん イン エジプト
えっちらおっちら走っております。

ちなみに「ひこにゃんTシャツ」着て走りました。

ひこにゃん、エジプトマラソンデビューです。

肝心の12キロですが、いやぁ~きつい、きつい。

最後は足が動かなくなりました。

フルマラソン出る人って本当すごいですね。

尊敬します。

12キロ走っただけで私はこうなります↓

もうだめ

一緒に参加した2人の女性は体力バ・・・もといとても元気なので
マラソン後に観光に行かれました。

元気すぎでしょ・・・。

途中までご一緒したんですが、道中あえなくギブアップ。

ホテルに帰ることにしました。

ルクソールはナイル川をはさんで東西に分かれているので、
フェリーで東側に移動しているとなにやら川沿いの通りが
騒がしい。

案の定、

デモでした。

カルナック神殿に行くはずだったんですが、危ないのでホテルへ退避。

夜にマラソ完走パーティーが高級ホテルで開かれたので、それまで
ホテル待機。

というか動けず。

夜になってホテルに移動し、パーティーに参加。

完走パーティー

貧乏旅行の協力隊員は天地がひっくり返っても泊まれないようなホテル
でのパーティーだったので、とりあえず食いに走りました。

ベリーダンス、蛇使いのショーなどもりだくさん。

楽しい宴だったんですがねぇ~~~~。

はい、この日の夕方から、遂に発令されました。

夜間外出禁止令

JICAのではなく、政府のです。

とりあえずエジプトの調整員、マラソンに参加していたエジプト隊員
とも相談してタクシーで帰ることにしました。

なんとか無事ホテルにたどりつき、その日は就寝。

でも、このときはまだ「明日から旅行できるかな~という程度の
心配だったんですよ、実際。

翌日、予定していた気球ツアーは当然キャンセルされ、
しかたなく次の目的地アスワンへ列車で移動。

その移動の最中に、その後のエジプト滞在を一遍させる電話が
かかってきたわけです。

(パート2に続く)

                              
         
    
                        
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